ANA国内線【PR】

哲学
by ius2017
カテゴリ
全体
日記
未分類
以前の記事
2011年 02月
2011年 01月
お気に入りブログ
最新のコメント
^#gT+[9J, ro..
by 人妻を中心とした無料動画サイト at 10:52
オススメサイト一覧
最新のトラックバック
ライフログ
検索
おすすめキーワード(PR)
ブログパーツ
最新の記事
朝鮮からの引揚げ者4
at 2011-02-25 19:04
胸の谷間
at 2011-02-21 16:40
高尾山の冬そば~
at 2011-02-10 17:21
殆どの時間を
at 2011-02-09 12:27
サウジ戦 5ゴールの快挙♪
at 2011-02-04 12:43
ファン
XML | ATOM

skin by excite
朝鮮からの引揚げ者4

羅津に在留していた人たちは、終戦時約6000人。

そのほとんどの方達が満鉄に勤務していたそうである。

と云っても全員では無く、満鉄社員やその家族を相手に商いをしていた人も多数いたそうだが、とにかく水源地まで避難しようということになり、病院へ入院している人は担架に乗せ、全ての日本人が避難したのであるからその列の先頭から最後尾までの距離は3~4キロくらいになっていたそうだ。

いずれにしても一時的な避難で再度羅津へ帰れると思いこんでいたので、殆どの人たちが着の身着のまま、食料と云ってもせいぜい3日分位しかもっていなかったのが、ソ連軍による羅津上陸の為に戻る事も出来ず、そのまま會寧まで150キロくらいの距離を歩きとおした。実際に地図上で計測すると直線で60キロ、しかし道なき道を歩くのには、山越えの場合には大きく蛇行しなければならない。しかもいくつもの山を越えるのである。

彼女は200キロくらいあったと後日父から聞いたそうである。満鉄社員が多くいた脱出者達は満鉄が手配した列車に乗れる事が出来、會寧で列車に乗って時には「もう歩かなくてもいいんだ」と云う救われた気持ちでいっぱいになった。

列車とはいえ全てが無蓋の貨物車で、中には1枚板の木材運搬車も数多くあった。その材木運搬車には4角に柱を立て、ロープでかこってあるだけで危険この上ないものだった。

幸い彼女たち一家は数少ない箱型の貨物車に乗れた事は非常にうれしかったそうだ。

列車はソ連軍機からの爆撃を避けながら進み、朝鮮と満州の国境の街図門(ともん)駅に到着したのは8月15日だったと思うそうである。狭い貨物車からホームに降りて身体を伸ばしたり、トイレを済ませたり、水飲み場へと走ったり・・・

その時である、いきなり7機のソ連軍機が飛来し、ホーム目掛けて2個の爆弾を投下したのである。ホームに居た人カ社に乗っていた人が一瞬に吹き飛ばされた。その上運悪く隣のホームには、弾薬を積載した日本軍の貨車が停車していたので、これに引火してしまった。

安心してご利用できるクレジットカードを換金するならここ
ドカーン、ドカーン、ドカーンとそれらも誘爆を起こし、被害は一層甚大なものになった。横倒しになった貨車、ホームや線路上には千切れた手足、頭、形も解らなくなった死体が折り重なり合い、負傷者のうめき声、助けを求める声、親が子を探す声、子が親を呼ぶ声、硝煙の匂い、人が焼け焦げる匂い、血の匂い、ホームは多くの血が流れ、ぬるぬるとして足の置場も無い有様になっていた。

この爆撃の難を逃れた人々は一斉に駅前広場の防空壕へと走った。ところがそこへまたもソ連軍機からの機銃掃射である。

僅か数センチ足が前に出ていた、数秒出遅れた、目の前にホームの柱があったという運不運の差が運命の分かれ道であった。
このときの死者は400人以上、負傷者は500人以上とも
600人以上とも言われている。

このとき彼女のすぐ下の妹は再び行方不明になってしまったそうだ。又家族全員を失い自身も全身に爆弾の破片を浴び、今でもその破片が体内に残っている友人が健在で居るとのことであった。彼女の家族は行方不明になった妹を除き全員無事だったのが奇跡のようだと話していた。しばらくの間近くのとうもろこし畑に身を隠し暗くなるのを待った。

暗くなるのを待って再び列車に乗り込みのろのろと動きだしたが、犠牲者を葬る事さえ出来なかった。只手を合わせ心の中で詫びるだけだった。

明日に続く。
# by ius2017 | 2011-02-25 19:04 | 日記
胸の谷間

今朝は残雪に悩まされるんじゃないかと思ってたけど^^;
ほとんどなかったから良かったよ^^;
去年の夏は猛暑で今年の冬は雪と寒さで^^;
季節のメリハリはばっちりってなもんだけど^^;
それにしても手足がなかなか温まらなくなったなあ^^;
以前は冬場に水仕事してもちょっとしたらすぐ温まってたけど^^;
今じゃそうはいかない^^;
トイレで手を洗ったらしばらく冷たいままだもんなあ^^;
姉ちゃんの胸の谷間にでも手を入れて暖めてもらいたいよ^^;
なんてね^^;
朝からエロオヤジ全開ってなもんだ^^;
姉ちゃんの手を握ってっても姉ちゃんの手は結構冷たいんだよなあ^^;
だいたい姉ちゃんってのは低血圧で冷え性ってのが多いから^^;
手は冷たいことが多くて手を握って暖めてもらうってわけにいかないから胸の谷間になる^^;
って何詳しく説明してんだかね^^;
熱燗は人肌がいいって言うけど^^;
姉ちゃんが胸の谷間に徳利を入れて暖めたのが一番うまいんだそうな^^;
今時そんなねえちゃんがいるのかってんだよ^^;
昔もいたんだかどうなんだかね^^;
そんな姉ちゃんは演歌の中にしかいないか^^;
# by ius2017 | 2011-02-21 16:40 | 日記
高尾山の冬そば~

今日はママ一人の山歩き。
そうだこれって初めて!
何時も山会仲間、パパ、が一緒!

そう!これが独り歩きデビュー!
わ~~い!やった~~~!ひとりだよ~~!
だれもいないよ~~!・・・
転んでも知らないよ~~!って誰ですか?

朝4:30分の始発で仕事に行くパパを駅まで送ってから
家に帰って支度をして・・・高尾山にGO~

8:00
高尾山清滝ケーブルカー駅の脇の6号路でスタート!
予定では90分(コースガイドもそのくらい)

高尾山は去年8月以来の6か月振りです。6号路は沢沿いのお気に入りの登山道、ア~久しぶりだな~~!
そうそう、ここのお地蔵さんあったね、パチリ!
あまり寒さも感じないし、ちょっと曇っているからもやがかかっていい感じ!

少しの傾斜も気にならない、ゆるやかな山道。スイスイ歩けます!

沢の音を聞きながら心地よく歩いていると、前を歩く一人の男性の鼻歌が聞こえてくる!あら~、ママと同じご機嫌~みたい!
あまりに、ゆっく~り過ぎるので、「おさきにいきま~~す」と挨拶して抜いていく。

またまた前を行く一人の男性・・・直ぐに後ろにおいついた・・・
ん?何この匂い・・・ここに温泉あったけ?
もしや・・・このおじさん・・・おなら?落とした?
いやいや、こればっかりは「落としましたよ!」何て言えないし~~ましてや拾えない!も~(@_@;)勘弁してよ~~~
当然「おさきに行きま~す」と追い越して行った。

予定では9:30山頂でしたが、9:05到着。
あまりいい天気じゃなく、まだ茶店もあかない早い時間。
ベンチでおにぎりとミカン珈琲を飲んで、休憩してから、薬王院へ健康手帳の印をもらいに行くことにした。

薬王院はケーブルで上がってきた家族連れやカップルが結構いました。いつもの受付で印をもらってトイレタイム。

まだ時間があるので、坊の裏にある弁財天様のお参りに。
さて1号路で帰ろうかな・・・
でも1号路って嫌い。舗装された道路で当然車も通ります。

山道の好きなママは、また山頂に戻って稲荷山コースで下山することにしました。
引き返して山頂に着くとさっきよりは人が増えてきてます。
閉まっていたお店も「営業中」・・・
ほんの1時間前は「準備中」だったのに!
どこの店も「高尾山の冬そば」の、のぼりやポスターが出てます!

これは・・・食べなきゃ~~!
だって今日は一人だもん!
ママだけなんだから!これは、なにがなんでも
絶対食べないと・・・
どうしてって・・・うちのパパは・・・「蕎麦アレルギー」

だから蕎麦屋には二人で来ても、何処に行っても蕎麦屋には入ったことないです。
どうせ食べるなら下にある「高橋家」さんだよね!

そう決めたら足は、無意識に?とっとと動いて90分の下山時間を55分で降りてきてしまいました!
けして走ってはいませんよ!
だって、そんなことしたら、ママだもの絶対転ぶもん・・・

高橋家さんの「鴨葱蕎麦」
おいしかった~~!あたたまった~~~!
美味しい蕎麦とつゆがす~~とのどを通って
お腹に入るとホカホカして・・・ま~ったり~~!
ほっぺがゆるんでにんまり~~~(^。^)y-.。o○
あ~~、ひとりっていいわ~~!

スタンプを集めるキャンペーンをやっているのでママも1個
応募用紙に押してもらいました。
これを口実に
「また一人で行ってお蕎麦食べてくる~~」(●^o^●)
今度はとろろそばね!

しまった!ビール頼むの忘れた~~~!
まっ、いいかな?
まだお昼だし、帰ってから買い出しに行けるから
車うんてんするでしょ?

今日はいいトレーニングでした。
楽しく気ままに歩けたし
無事独り歩きもデビューで来てよかった!

富士山はあいにく見えなかったけれど、
美味しいお蕎麦が食べられても~~今日は満足!
あれ?やっぱり食い気か?

いいでしょ?
山好き!食べるの好き!のママですから・・・
# by ius2017 | 2011-02-10 17:21 | 日記
殆どの時間を
大学時代の私は 東京で過ごした 殆どの時間を

彼と 共有していました

入学して サークルで知り合って

体育祭をさぼって 1年グループで 飲み会に

話の流れで 告白大会になって

お互いの 想いが 一緒だと知りました

6月3日の出来事です。

彼は 横須賀の人で

江の島 鎌倉 港の見える丘公園

神奈川方面で たくさんデートしました

当時 とっても わがままだった私は

彼の やさしさを 当然の事と受け止めていました

付き合って 1年位経った時

「君を愛する事に 疲れてしまいました」と

突然 この曲とともに 別れの言葉を告げられました

いなくなって 初めて 自分の持ち物の

煩わしさに 気付いた時

何の気なしの 彼のやさしさに どれだけ守られていたかを

思い知りました

それからです 人に気配りができるように なったのは

彼が 教えてくれました
# by ius2017 | 2011-02-09 12:27 | 日記
サウジ戦 5ゴールの快挙♪

昨夜のアジア杯サッカーのサウジアラビア戦は気持ちがよかった^^

日本の攻撃力が発揮され、動きも早く見ていて楽しかったです♪

中東なので審判の、ひいきも心配しましたが

昨日の審判は、よい審判でした。

次はホームのカタールと試合です。

また攻撃的な日本の進化したサッカーを見たいものです♪
# by ius2017 | 2011-02-04 12:43 | 日記

< 前のページ  次のページ >